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大阪地方裁判所 昭和25年(行)40号 判決

原告 大谷篤弘 外二名

被告 大阪市東住吉区西部農業委員会・国

主文

一、原告らの被告委員会に対する訴は、買収計画及び異議却下決定の無効確認を求める部分を除き、すべて却下する。

二、原告らの被告国に対する訴は、所有権確認を求める部分を除き、すべて却下する。

三、原告らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告ら)

一、原告らと被告委員会との間で、大阪市東住吉区農地委員会が別紙目録記載の土地につき定めた買収計画、その公告、異議却下決定、買収計画の承認申請、大阪府農地委員会がなした訴願裁決、買収計画の承認、大阪府知事がなした買収令書の発行交付ならびに右土地について行われた自作農創設特別措置法所定の政府売渡に関する一切の行政行為が無効であることを確認する。

二、原告らと被告国との間で、前項の土地に関する政府買収、政府売渡、大阪府知事がなした農林省への買収登記の嘱託行為、農林省からの売渡登記の嘱託行為、これにもとづいてなされた土地登記簿上の各所有権移転登記がいずれも無効であること及び右土地は原告らの所有であることを確認する。被告国は原告らに対して右土地の所有権を回復し、大阪府知事において右各登記の抹消登記手続をとることを容認せよ。

三、訴訟費用は各被告の負担とする。

との判決を求めた。

(被告ら)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、被告委員会の前身である大阪市東住吉区農地委員会(以下区農地委という)は、昭和二五年五月一〇日、不在地主である原告ら共有の別紙目録記載の土地を自作農創設特別措置法(以下自創法という)三条一項一号の土地であるとして、買収計画を定めた。原告らは縦覧期間満了の日の前日である同月二〇日異議の申立をし、その棄却決定に対して同年六月六日訴願を提起し、同年七月一五日右訴願を棄却する旨の裁決書の送達を受けた。

二、しかしながら、右買収計画には次のような違法がある。

(一)  本件土地は農地ではない。

本件土地は都市計画法にもとづく土地区画整理地区内にあり、住宅地とするため道路の新設、地ならし等を完了し、近く住宅街とすることを計画中、戦時のためこれを中止していたものであつて、すでに宅地化されていた。終戦後は農作物が植えられていたが、休閑地として一時利用されていたに過ぎない。

(二)  本件土地は小作地でない。

本件土地は土地区画整理施行地区に編入され、公共企業団体の支配権下に統一せられ公法上の制限を受けていたものであつて、小作関係はない。買収計画当時の本件土地の耕作関係は、戦時体制の余波を受け食糧取得の関係上国内一般に公認されていた、いわゆる一時的休閑地利用の関係であつて、小作関係ではない。

(三)  仮りに右主張は理由がないとしても、本件土地は自創法五条四号に該当する。仮りにそうでないとしても同条五号に該当する。

(四)  買収の対象となる土地が特定されていない。

買収計画上の本件土地の表示は換地交付前の土地を表示したのか、その後の土地を表示したのか明確でないから、買収の対象となる土地が特定されていない。

(五)  対価が違法である。

本件土地は、前記(一)に述べたとおり土地に改良工事が施されているから、買収の対価を増額すべきであるのに、これをしなかつたのは違法である。

(六)  本件買収計画は二重処分である。

本件土地は、昭和二二年一二月二日を買収期日とする第四回買収計画にもとづき、すでに買収処分がなされている。区農地委は昭和二五年三月二四日、その取消を決議したが、その告知もなく、適法な買収令書発行の取消がないのに、本件買収計画を定めた。本件買収計画は第四回買収により国有となつている本件土地に重ねて定められたものであつて、当然に無効である。なお、昭和二九年六月二五日に至り、第四回買収について「買収令書の取消について」と題する大阪府知事の大谷照良宛書面を原告らの家族が受領したことはあるが、大谷照良はすでに死亡していたから、右書面は書面自体無効であり、その送達行為も無効である。

三、以上の理由により本件買収計画は無効である。

右買収計画にもとづいて一連の行政行為がなされ、昭和二五年一〇月二〇日大阪府知事は原告に対して買収令書の発行交付(政府買収の執行のためにする行為)をなし、政府買収(農林省名義の土地所有権取得行為)を実施したが、右買収計画が無効である以上これらの行政行為も無効である。

また、その後政府売渡(政府買収の有効を条件として行われる農林省名義の土地売渡行為)が実施されたが、前提となる政府買収が無効であるのみならず、買受申込人が適法な小作人でなく買受資格のない者であるから、右政府売渡及びそのための一切の行政行為は無効である。

土地登記簿上も、大阪府知事の嘱託にもとづき買収売渡による所有権移転登記がなされているが、これらの嘱託行為や登記も無効である。

よつて申立どおりの判決を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因一、の事実は訴願の日を除きすべて認める。区農地委は原告主張の日に買収の時期を昭和二五年七月二日とする本件買収計画を定め、同年五月一一日その旨公告して縦覧期間を一〇日間と定めた。異議却下決定をしたのは同年六月一日、訴願のあつたのは同月七日、裁決をしたのは同月二九日である。大阪府農地委員会(以下府農地委という)は同日本件買収計画を承認し、大阪府知事は同年一〇月二〇日原告らに買収令書を交付した。

二、請求原因二の事実は争う。本件土地は旧態依然たる農地で近い将来に住宅街となることは想像もできない土地である。昭和一五年二月一五日本件土地の仮換地として平野野堂町二、三九八番地一七三坪、同町二四〇三番地一四四坪七勺が交付されたが、本換地はまだ行われていない。昭和一五年頃から沖田万寿男が小作料として年麦三斗甘しよ一〇貫で借り受け、仮換地前は従前の土地を、仮換地後は仮換地を耕作し、昭和二三年まで小作料を支払つた。

本件土地に多少の工事費が投じられているとしても区農地委は自創法所定の最高額で買収したのであるから、対価に違法はない。また、対価に対する不服の救済は自創法一四条の訴によるべきであつて、対価の不服をもつて買収処分取消の理由とすることはできない。

本件土地につき第四回買収をしたことは認めるが、適法に取り消した。

第四、証拠〈省略〉

理由

第一、本案前の判断

一、被告委員会との間で買収計画の公告の無効確認を求める訴について

買収計画の公告は買収計画の表示行為にすぎないから行政訴訟の対象となる行政処分ではない。右訴は不適法である。

二、被告委員会との間で買収計画の承認申請、その承認の無効確認を求める訴について

買収計画の承認申請、承認は行政庁相互間の内部的行為であつて、国民の権利義務に直接影響を及ぼさないから、行政訴訟の対象となる行政処分ではない。右訴は不適法である。

三、被告委員会との間で訴願裁決、買収令書の発行交付の無効確認を求める訴について

行政事件訴訟法施行の際に係属していた無効確認の訴えにあつては、同法附則八条により、処分をした行政庁または処分の効果の帰属主体である国または地方公共団体を被告としなければならない。被告委員会は、本件訴願裁決、買収令書の発行交付につきそのいずれにもあたらないから、右は被告適格を欠く不適法な訴である。

四、被告委員会との間で政府売渡に関する一切の行政行為の無効確認を求める訴について

原告は、本件土地について行われた自創法所定の政府売渡に関する一切の行政行為が無効であることの確認を求めるのであるが、右にいう一切の行政行為が具体的にどのような行政行為をさすのか明らかにしない。従つて、右訴は訴訟の目的となる行政処分の特定を欠き、不適法である。

五、被告国との間で政府買収、政府売渡の無効確認を求める訴について

原告は、本件買収計画、買収処分(買収令書の交付)、売渡に関する一切の行政行為の無効確認のほかに、本件政府買収、政府売渡の無効確認を求める。原告の主張によれば、政府買収とは知事の買収令書の交付によつて執行される農林省名義の土地所有権取得行為をいい、政府売渡とは政府買収の有効を条件として行われる農林省名義の土地売渡行為をいうのであるが、自創法が買収計画、買収処分あるいは売渡計画、売渡処分のほかに原告がいうような政府買収、政府売渡を独立の行政処分として認めているとは解せられないし、自創法上の一連の買収手続、売渡手続により権利を害されたものは買収計画、買収処分等の個々の行政処分を訴の対象として救済を受けることができるのであるから、このほかにことさら政府買収あるいは政府売渡という概念を構成して出訴の対象とする必要もなければ利益もない。右訴は行政訴訟の対象とならないものを対象とした不適法な訴である。

六、被告国との間で登記嘱託行為の無効確認を求める訴について

買収、売渡を原因とする農地の所有権の取得及び移転登記の嘱託行為は、国民の権利義務に直接影響を及ぼすものではない。また、私法上の権利主体たる国の登記嘱託機関としての都道府県知事が、登記制度の一利用者という点において一般私人と同列の立場に立つて行うのであるから、処分性がない。従つて、行政訴訟の対象となる行政処分ではなく、右訴は不適法である。

七、被告国との間で登記の無効確認を求める訴について

不動産登記簿上に現出されている登記は、その不動産に関する権利または法律関係そのものではなく、また行政処分でもないから、買収、売渡を原因とする取得登記、所有権移転登記は、確認の訴の対象となりえない。右訴は不適法である。

八、被告国に対し所有権の回復を求める訴について

原告は、右訴とともに、被告国に対して、本件土地の所有権確認と買収、売渡による各登記につき大阪府知事が抹消登記手続をとることの容認を求めているから、右訴が所有権確認あるいは不動産登記簿上の所有名義の回復を求めるものでないことは明らかである。原告の求める所有権回復という給付は具体的にどのような内容の給付をいうのか明確でなく、右訴は不適法である。

九、被告国に対して大阪府知事の抹消登記手続の容認を求める訴について

原告は、被告国に対して、大阪府知事が本件土地につきなされている買収、売渡を原因とする取得登記、所有権移転登記の抹消登記手続をとることを容認することを求めるのであるが、たとえ右申立どおりの判決がなされたとしても、その判決は不動産登記法二七条にいう判決にあたらないから、原告は右判決により単独で右抹消登記を申請することはできず、また右判決は被告国が抹消登記義務を負担することにつき既判力を生ずるものでもない。このような判決をしても当事者間の紛争解決にはなんら役立たないから右訴はその利益を欠き不適法である。

第二、本案の判断

一、被告委員会との間で買収計画、異議却下決定の無効確認を求める訴について

請求原因一の事実は、訴願提起の日を除いて当事者間に争いがなく、訴願提起の日についても縦覧期間満了後三〇日以内であることは当事者間に争いがない。そこで原告主張の各無効原因について判断する。

(一)  本件土地は農地でないとの原告の主張について

本件土地が都市計画法にもとづく土地区画整理施行地区内にあることは被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなされ、昭和一五年二月一五日仮換地の指定が行われたことは被告の自認するところである。しかしながら、地目は今なお田であり、宅地化工事が完了したことを認め得る証拠はない。かえつて、証人沖田万寿男の証言と弁論の全趣旨を総合すると、本件土地は沖田万寿男の父鹿太郎が、仮換地指定前は元地を、指定後は仮換地を耕作し、本件買収計画当時も同人が耕作を続けていたことが認められる。すると、本件土地は自創法二条一項にいう農地にあたるから、原告の右主張は理由がない。

(二)  本件土地は小作地でないとの原告の主張について

都市計画法にもとづく土地区画整理の施行地区内の土地であつても、土地所有者は耕地整理法二九条等による制約の範囲外では元地あるいは仮換地を自らあるいは第三者を通じて自由に使用収益でき、小作関係の設定、存続を妨げないから、本件土地がその地区内にあることを理由に小作関係がないとする原告の主張は採用できない。

証人沖田万寿男の証言と弁論の全趣旨を総合すると前認定のとおり本件土地を耕作の用に供していた右鹿太郎は、耕作開始にさきだち、当時の所有者であつた原告らの先代大谷照良から、その管理人奥村一三郎を通じて、本件土地を借り受け、小作料として麦、さつまいも等を昭和二三年頃まで納めていたことが認められる。すると、本件土地は自創法二条二項にいう小作地にあたるから、原告の右主張は失当である。

(三)  自創法五条四号に関する原告の主張について

自創法五条四号の買収除外の指定は、都市計画事業と自作農創設事業の調整をはかるために行われる都道府県知事の自由裁量処分であるから、その指定がない以上、都市計画法にもとづく土地区画整理施行地区内の農地であつても買収することができる。従つて原告の主張はそれ自体失当である。

(四)  自創法五条五号に関する原告の主張について

原告は、本件土地が自創法五条五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であることを具体的事実にもとづいて主張しないから、右主張は採用できない。

(五)  買収土地が特定されていないとの原告の主張について

成立に争いのない乙二号証(第一六号農地買収計画書)によれば、本件買収計画書には、買収すべき農地の所在地番として平野野堂町三一二、地目として台帳田、現況畑、面積として一反五畝九歩と、本件土地を旧地番により表示したうえ、摘要欄に二、三九八 一七三、〇〇 二、四〇三 一四四、〇七と仮換地の地番及び面積を記載してあることが認められる。本件土地は元地の地番等と仮換地の地番等の双方によつて明確に特定されており、原告の右主張は失当である。

(六)  対価が違法であるとの原告の主張について

買収の対価については、別に自創法一四条の訴が認められている趣旨からみて、対価の額に違法があつても買収計画の効力には影響を及ぼさないと解せられるから、原告の右主張はそれ自体失当である。

(七)  本件買収計画は二重買収であるとの原告の主張について

本件土地につき昭和二二年一二月二日を買収期日とする第四回買収計画にもとづき一旦買収処分が行われたことは当事者間に争いがなく、昭和二九年六月二五日その買収令書を取り消す旨の大阪府知事の大谷照良宛書面を原告らの家族の者が受領したことは原告らの自認するところである。そして、成立に争いのない乙八号証に弁論の全趣旨を総合すると、右買収計画ならびに買収処分は、照良を本件土地の所有者であるとして同人宛に行われたのであるが、買収計画当時すでに照良は死亡しており、原告らが本件土地の共有者となつていたことが後日判明し、大阪府知事において右買収処分には所有者を誤つた違法があるとしてこれを取り消したものであることが認められるから、大阪府知事が右買収処分を取り消したことは違法でない。

原告は、右取消処分ならびにその告知は死者に対するものであり無効であると主張するが、右認定のとおり買収処分自体が当時すでに死者であつた右照良に対して行われたものであるから、その取消処分も照良に対して行うほかはなく、その通知を買収処分の場合と同様に照良宛の通知書をもつてすることも適法である。右買収処分の取消は適法である。

次に、原告らは、区農地委は右買収計画の取消を決議したが、その告知がなく、買収計画はまだ適法に取り消されていないと主張する。農地買収手続の最終処分である買収処分(買収令書の交付)に買収手続全体に共通する違法があることを認めて、都道府県知事が自らこれを取り消したときには、その買収計画にも共通の違法があることを認めていることになるから、この買収計画にもとづき再び買収処分をすることは許されない。この結果、右買収計画はその存在意義を失うことになり、買収処分の取消と同時に当然に失効すると解すべきである。本件の場合、大阪府知事が第四回買収の買収令書を取り消したのは、前認定のとおり、右買収処分には所有者を誤つた違法があるとの理由によるものであり、右違法は買収手続全体に共通する違法であるから、本件土地の第四回買収計画は右買収処分の取消と同時に失効したものというべきである。

すると、本件買収計画は、たとえその樹立当時には二重処分のかしがあつたとしても、第四回買収処分が取り消されたことにより、そのかしは治ゆされたから原告の右主張は失当である。

以上のとおりであるから、本件買収計画、異議却下決定に違法はなく、その無効確認を求める原告らの右請求は理由がない。

また、右訴は、本件買収計画、異議却下決定の出訴期間内に提起されているから、無効確認の請求が理由のないときは、その取消請求を求める趣旨を含むと解せられるが、本件買収計画、異議却下決定に取消原因となるかしさえ存しないことはすでに判示したとおりである(農地が自創法五条五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であることは、同法五条五号が同法三条の除外規定であることからみて、取消訴訟においても原告らが主張立証責任を負うと解する)。従つて、右訴は取消請求としても理由がない。

二、所有権確認を求める訴について

右訴は、本件買収計画及び買収処分が無効であることを前提とするものであるが、原告らが買収処分の無効原因として主張するところは買収計画の無効原因として主張したところと同一であり、その理由のないことはすでに判示したとおりである。従つて右訴はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三、結論

以上のとおりであるから、本件訴中不適法な部分はこれを却下し、その余の部分は失当として原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 平田浩 野田殷稔)

(別紙)

目録

大阪市東住吉区平野野堂町三一二番地

一、田 一反五畝九歩

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